ググッとぐんまへの旅、その2。^±^ノ…新島襄記念館2

ググッとぐんま、続いてます。^±^ノ
引き続き、新島襄記念館です。
今回はほとんどがサムネイルです。クリックしてご覧くださいね。^±^ノ

なお、係員さんに聞いてみたら、撮影OKでしたので撮らせていただきました。
20130721・群馬2-01

こちらは、新島襄の父親と母親。
20130721・群馬2-01-1

弟の新島雙六です。
20130721・群馬2-01-2

新島襄の米国留学免許状です。
20130721・群馬2-02・米国留学免許状・中

英語が堪能ということで、文部理事官通弁辞令です。
20130721・群馬2-03・文部理事官通弁辞令・大

八重の「人となり」です。西洋風の考えで、新島襄を呼び捨てにしてたそうです。

山本八重は、兄の山本覚馬(やまもとかくま)の紹介で出会ったとありますね。
最初はご存知の通り、川崎尚之助と結婚。会津若松城が落城し、父が戦死し、このときに夫と離別とあります。
そして京都に移り、新島襄と出会ったのですがね。^±^
八重は「文武両道」に長けていて、教師も武道も何でもできましたからね、^±^ノ
20130721・群馬2-04・大

新島襄が「彼女は見た目は美しくないが生き方がハンサムだ」と絶賛したといいます。
お前は見た目も生き方も美しくないけどな!(゚Д゚)ノx±x…ほっといてよもー
ってか、フォローにもになってないぞ!(゚Д゚)ノx±x
「見た目は美しくない」なんて、八重にとっては、余計なお世話だかんな!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬2-05

新島八重が新島襄の昇天二十年目で安中に訪れた際、安中教会から寄付を受け、羽織を新調できたとの礼状を、教会に宛てた手紙です。
律儀なんですね。^±^ノ
20130721・群馬2-06・大

20130721・群馬2-07・大

20130721・群馬2-08・大

20130721・群馬2-09・大

扇子も贈られたものかなあ。
また、その名前のところでは、「新島八重」でなく「新島八重子」とありますね。^±^
20130721・群馬2-10・中

このように新島襄のことがわかる資料館です。
ちなみに、 上毛カルタの「へ」は、「平和の使い 新島襄」です。
20130721・群馬2-11

新島襄は同志社大学の創始者でもありますね。
20130721・群馬2-12

新島襄の肖像ですが、ハンサムですよね。
新島襄は、1843年、江戸の神田錦町にあった上州安中藩江戸屋敷にて、安中藩士・新島民治の子として生まれます。
幼少名は、七五三太(しめた)です。^±^
祖父・弁治が女子が4人続いた後の初の男子誕生に喜び「しめた」と言った事から命名されたという説もあります。
その後、敬幹(けいかん)と改名しますがね。
かっこいいですね。^±^ノ
でも、藤田まことさんにも似てますよね。^±^; ボソッ
余計なことを言いやがって!(゚Д゚)ノx±x
ふざけるなよな!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬2-13

元治元年(1864年)、アメリカ合衆国への渡航を画策し、「快風丸」に乗って開港地の箱館へと向かいます。箱館に潜伏中、当時ロシア領事館付の司祭だったニコライ・カサートキンと会う。カサートキンは七五三太から日本語と日本の書物(古事記)などの手ほどきを受け、また聖書に興味を持つ七五三太に自分の弟子になるよう勧めましたが七五三太のアメリカ行きの意思は変わらずカサートキンはそれに折れ、坂本龍馬の従兄弟である沢辺琢磨や福士卯之吉と共に七五三太の密航に協力したとのことです。
6月14日(7月17日)、箱館港から米船ベルリン号で出国します。上海でワイルド・ローヴァー号に乗り換え、船中で船長ホレイス・S・テイラーに「Joe(ジョー)」と呼ばれていたことから以後その名を使い始め、後年の帰国後は「譲」のちに「襄」と名乗ったそうです。
ワイルド・ローヴァー号の船主・A.ハーディー夫妻の援助をうけ、フィリップス・アカデミーに入学します。
慶応2年(1866年)12月、アンドーヴァー神学校付属教会で洗礼を受けます。慶応3年(1867年)にフィリップス・アカデミーを卒業、明治3年(1870年)にアマースト大学を卒業(理学士)。これは日本人初の学士の学位取得です。アマースト大学では、後に札幌農学校教頭となるウィリアム・スミス・クラークから化学の授業を受けていたそうです。クラークにとっては最初の日本人学生であり、この縁でクラークは来日することとなりました。当初、密入国者として渡米した襄でしたが、初代の駐米公使となった森有礼によって正式な留学生として認可されました。
明治5年(1872年)、アメリカ訪問中の岩倉使節団と会います。襄の語学力に目をつけた木戸孝允は、4月16日から翌年1月にかけて自分付けの通訳として使節団に参加させました。襄は使節団に参加する形でニューヨークからヨーロッパへ渡り、フランス、スイス、ドイツ、ロシアを訪ねました。その後ベルリンにもどって約7カ月間滞在し、使節団の報告書ともいうべき『理事功程』を編集しましたが、これは、明治政府の教育制度にも大きな影響を与えています。また欧米教育制度調査の委嘱を受け、文部理事官・田中不二麿に随行して欧米各国の教育制度を調査しました。
その後、安中教会を設立し、京都府顧問だった山本覚馬の賛同を得て同志社大学を創設し、広く活躍しました。
そのとき、八重との縁が始まり、二人は結婚しました。
晩年、同志社設立運動中に心臓疾患を悪化させて満46歳没。死因は急性腹膜炎。
最期の言葉は「狼狽するなかれ、グッドバイ、また会わん」

なお、こちらでは、資料や本も売ってます。
20130721・群馬2-14

新島家の家系図です。
20130721・群馬2-15・中

新島襄と八重夫妻です。
見た目が美しくないどころか、結構かわいらしいと思います。^±^
八重たん、伊集院光さんに似てますよね。^±^; ボソッ
また余計なことを!(゚Д゚)ノx±x
ふざけるな!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬2-16

もっと部分的に拡大しますね。^±^ノ

新島八重、肖像画です。
20130721・群馬2-16-1

結婚後間もない新島襄と八重夫妻です。
20130721・群馬2-16-2

安中教会にいらっしゃった新島八重です。
20130721・群馬2-16-3

上の夫妻写真の全体像です。
20130721・群馬2-16-4
・・・藤田まことさんと伊集院光さんでは、ありましぇん。+±+

新島八重たん、拡大図です。^±^;
20130721・群馬2-16-5
帽子を持っていて、おしゃれだし、どこかしら愛嬌がある素敵なお顔ですけど。
・・・やっぱり伊集院光さんだよなあ。^±^; ボソッ
「ふざけんな!」と言っただろうが!(゚Д゚)ノx±x

どこかで見たことがある「真理似寒梅」・・・。
20130721・群馬2-17・中

うちの玄関に飾られていたのでした。^±^
寒梅の色紙。^±^ノ
そういえば、土井さんも同志社大学だったなあ。^±^;

八重は4回、安中にいらっしゃったそうです。^±^
20130721・群馬2-18・中

こちらは安中教会です。
20130721・群馬2-19・安中教会
古橋柳太郎の設計によるもので、ゴシック様式の基本としてます。構造は大谷石の組石造りで2階建て、鐘塔付。

自分を罰する新島襄だそうですが。^±^;
何だ、何だ、何をやらかしたんだ?^±^;
20130721・群馬2-20
「自責の杖事件」で、自らを罰する新島襄です。
開校5年後に起きた学園紛争で、2年生の2クラス上級組と下級組を合併するという学校の方針に反対した上級組みが、授業をボイコットしました。新島襄は「今回の紛争は学生や教師たちの責任ではない。すべては校長たる自分の責任である。よって校長を罰する」と言い、朝礼の時に自らの掌を杖で強く打ちつけました。
これが「自責の杖事件」のいきさつですが、杖は真っ二つに折れたそうです。

八重たんを伊集院光さんだと言ったお前も、自責の杖で自分の掌を打てよな!(゚Д゚)ノx±x

新島襄、グッドバイのご臨終です。+±+
20130721・群馬2-21・新島襄臨終

新島襄の墓は京都にあります。
20130721・群馬2-22・新島襄の墓(京都)

資料館は以上です。
ではもう一度部屋(上段の間)を覘きましょう。
20130721・群馬2-23

「上段の間」の、掛け軸と肖像画です。
20130721・群馬2-23-1

「八重の桜」ブームもあってか、混んでます。^±^
20130721・群馬2-24

この後、叔父の家に行ってから、榛名湖へ。
その様子は明日また。^±^ノ
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ググッとぐんまへの旅、その1。^±^ノ…新島襄記念館1

2013年7月20日に行きましたググッとぐんまシリーズ、しょっぱなは群馬県安中市内にある新島襄記念館からです。

その前に腹ごしらえです。^±^
20130721・群馬1-01

山岡家でラーメンをいただきました。
塩ラーメンです。
ああ、おいしかった。^±^
20130721・群馬1-02

理念はラーメンでお客様に喜んでもらうことだそうです。^±^ノ
20130721・群馬1-03

山岡家のWIKIです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%8D%83%E4%BB%A3%E5%B1%B1%E5%B2%A1%E5%AE%B6

食べて外に出ようとしたら、何かしら、お城が。
20130721・群馬1-04

何だ、ラブホテルか・・・。x±x

その下の田んぼと町の様子です。
20130721・群馬1-05

のどかでいいですね。夜にはカエルも鳴くんだろうなあ・・・。^±^;
鳴いてもいいだろうが!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬1-06

食事後、景色を堪能して、車で新島記念館へ。

新島襄記念館に到着しました。
20130721・群馬1-07

2013年の大河ドラマが「八重の桜」でして、それにあやかって観光客も多くなったそうです。
20130721・群馬1-08

観覧は無料です。^±^ノ…こちら、サムネイル版です
20130721・群馬1-09・中

資料館と思ったら便所でした。+±+…八重たんもここに入ったのかなあ
入るわけねえだろ!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬1-10(便所)

こちらが資料館です。^±^
20130721・群馬1-11

新島襄旧宅のご案内です。^±^…こちらもサムネイルです
20130721・群馬1-12・中

では早速入りましょう。
20130721・群馬1-13

こちらの縁側から入ります。
20130721・群馬1-14

スリッパを履いて、と。^±^
20130721・群馬1-15

「八重の桜」で出演者が実際に使用した草履だそうです。^±^…誰が使ったのかなあ
20130721・群馬1-16・中

部屋の中です。
20130721・群馬1-17

うーん、広いといえば広いし、狭いといえば狭いし。^±^;
畏れ多くも安中藩士だぞ!(゚Д゚)ノx±x
失礼なことを言うなよな!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬1-18

板張りの廊下もいいものですね。昔のうちの田舎を思い出しました。^±^
20130721・群馬1-19

床の間には・・・。
20130721・群馬1-20

新島襄の銅像が飾ってありました。
20130721・群馬1-21

新島襄と安中
天保14(1843)年安中藩士新島民治の長男として安中藩江戸上屋敷にて誕生。
新島襄の幼名は「七五三太(しめた)」。
秀才の誉れ高く、13歳の齢(よわい)で藩主に蘭学修行を命じられ、この修行中に漢訳の聖書によって神の存在を知った襄は、元治元(1865)年、国禁を破り国外脱出、アメリカに渡り10年間学問とキリスト教を修めました。
この間に日本は、明治維新という大きな変革を経て近代国家に生まれ変わろうとしており、西洋の学問を身につけた襄の存在を知った明治政府は、役人となり国家建設に協力するよう求めました。しかし新島襄は役人になるのを拒絶しました。それは、襄が日本にキリスト教を精神に基づく大学を設立するという大志を抱いていたからであり、彼の理想とする自由な教育は、国家の管理の下では不可能だと考えたからでした。
明治7年に日本に帰国した新島襄は、すぐさま両親の待つ安中へと向かいました。そして両親と10年ぶりの再開を果たすのですが、安中にはわずか3週間しか滞在してません。すぐに、任地である神戸へと向かわざるを得なかったのです。
以後、ほとんど故郷へ帰ることもなく、キリスト教精神に基づく大学の設立と布教を目的に東奔西走し、その端緒として同志社英学校(現在の同志社大学)を京都に設立しましたが、志半ばで病に斃れ(たおれ)、46歳でその生涯を終えました。
安中での滞在は短いものでしたが、彼の説教に衝撃を受けた人々の中から湯浅治郎をはじめとするキリスト教信者が30人も生まれ、やがて安中教会を設立しました。彼らのために、新島襄は多忙の中でも、心のこもった手紙を出して、一人ひとりの信者を羽部増し導きました。このような情熱が湯浅治郎・徳富蘇峰・柏木義円ら多くの心酔者を生み、新島襄の死後もその志を継ぐ者は日本中に広がり、日本の教育・思想に大きな影響を与え続けました。

反対側には、ポスターとスタンプがありました。
20130721・群馬1-22

ポスター、拡大できます。
20130721・群馬1-23・中

こちらのポスターも拡大できます。
20130721・群馬1-24・中

新島八重
新島八重は、弘化2(1845)年に会津藩砲術師範の山本権八・母さくの三女として生まれました。兄の山本覚馬の影響もあって蘭学や砲術を学び、最初の夫である洋学者川崎尚之助と結婚します。戊辰戦争では戦死した弟の代わりに男装して(髪の毛を切ったのですよね)銃を持ち大砲隊の指揮を執って活躍しましたが、会津若松城(鶴ヶ城)は落城し、この戦で父を失い、夫と離別しました。
戦死したと思われていた覚馬が、明治4(1871)年に京都府顧問をしているという知らせを聞き、覚馬を頼って母さく・姪みねと京都に移り住み、覚馬の紹介で日本で最初の公立女学校である女紅場=じょこうば(現在の京都府立鴨沂高等学校=おうきこうとうがっこう)の舎監兼教師となりました。また同じく覚馬の紹介により、聖書の勉強会に通い、キリスト教を通じて、新島襄と出会いました。明治9年1月2日にデヴィス邸宅にて同氏から洗礼を受け、翌日、同氏の司式で襄と結婚式を挙げてます(襄32歳、八重30歳)。キリスト教を見る世間の目が冷たかった上に、襄を呼び捨てにし、二人並んで人力車に乗ったことから(西洋ではレディファーストで当たり前なんですがね)、「悪妻」「烈婦」として嫌悪の目で見られましたが、信念を貫く八重の姿に対して襄は友人への手紙で、「彼女は見た目は美しくないが生き方がハンサムだ」と評価してます。病弱な体で東奔西走する襄は時々倒れては療養生活を送り、その度に八重が日本中を転々として献身的に看病しました。
襄の没後は日本赤十字社の正社員となり、日清・日露戦争で看護活動に従事し、昭和3(1928)年に民間女性として初めて天皇陛下から銀杯を下賜されました。また、女紅場のときに知り合った襄千家13代目千宗室の影響で茶道家となり、女性向けの茶道教室で自活の道を開いて。昭和7年に86歳の生涯を閉じました。
八重は明治15年に初めて襄の故郷である安中を訪れ、計4回も来訪されたことがわかってます。

戊辰戦争に、もしタモリがいたら・・・。^±^;
「髪、切った?」と、男装した八重に聞いたんだろうなあ。^±^;
そんなのんきな状況じゃねえぞ!(゚Д゚)ノx±x
ふざけたことを言うなよ!(゚Д゚)ノx±x

・・・っつーか、新島襄、素早いな。^±^;…結婚まで電光石火だな
人をドスケベ呼ばわりするなよな!(゚Д゚)ノx±x

新島襄のWIKIです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B3%B6%E8%A5%84

新島八重のWIKIです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B3%B6%E5%85%AB%E9%87%8D


では、お次は資料館に入ります。^±^ノ
八重たんの素顔(写真)も見られますよ。^±^ノ

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ググッとぐんまへの旅、前衛編・空倶楽部

今日から始まりました、群馬の旅、題して「ググッとぐんま」。
基本はオリックスペンライトです。^±^
小さな花も比較的よく撮れてましたし。

今日は「ググッとぐんま」前衛編です。^±^ノ

なお、今回は1024ピクセルのサービス版です。サムネイルですのでクリックしてご覧くださいね。

最初に、2013年7月20日、山岡家さんでラーメンをいただきましたが、そちらの空からです。
20130721・群馬空01・山岡家

もう一枚。
20130721・群馬空02・山岡家

続いて、新島襄記念館にも行ってきました。^±^
八重たんのだんなさんですね。^±^;
20130721・群馬空03・新島襄記念館の空

榛名湖・沼の原の空です。
前に見えるのは榛名富士です。^±^ノ
20130721・群馬空04・榛名湖

こちらは拡大版、サムネイル版ですので、クリックしてどうぞ。
花は「ゆうすげ」です。^±^ノ
20130721・群馬空05・榛名湖・大

さらにもう1枚。
ユウスゲがちょうど見ごろでした。^±^ノ
20130721・群馬空06・榛名湖

アートファイルター機能を使ってみました。
ドラマチックトーンです。^±^
20130721・群馬空07・榛名湖

同じ場所から、元に戻してPモードで1枚。
20130721・群馬空08・榛名湖

伊香保温泉の空です。ドラマチックトーンです。
20130721・群馬空09・伊香保

元に戻してまた1枚。
20130721・群馬空10・伊香保

伊香保の上空で三角の雲が。^±^ノ
20130721・群馬空11・伊香保

三角の雲です。
今回の天気はまあまあという意味なんでしょうかね。^±^
そんなことないだろうが!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬空12・伊香保

翌日7月21日です。
倉渕のコンビニで一休み。
20130721・群馬空13・倉渕

目的の野反湖に着きました。
こちらはユウスゲではありません。ノゾリキスゲです。^±^
あんまり変わらないじゃんか!(゚Д゚)ノx±x
20130721・群馬空14・野反湖

まあ、素人さんはわからないよね。^±^ ボソッ
素人で悪かったな!(゚Д゚)ノx±x…聞こえてたのか
俺様の耳は地獄耳なんだよ!(゚Д゚)ノx±x

野反湖の八間山に少し登ったところで・・・。
知らない女の子が、「チョー、仙人じゃねえ?」と言ってましたがね。^±^;
20130721・群馬空15・野反湖

こちらは浅間隠山のほうじゃないかなあ。^±^
20130721・群馬空16・野反湖・大

ノゾリキスゲも入れます。^±^ノ
20130721・群馬空17・野反湖・大

雲に隠れた山が仙人気分にさせます。^±^
20130721・群馬空18・野反湖

アンダー気味のほうがいいみたいです。^±^
20130721・群馬空19・野反湖

ところ変わって、チャツボミゴケ公園です。
この公園は日本鋼管が所有してましたが、現在は中之条町が買い取って、有料で開放してます。
20130721・群馬空20・チャツボミゴケ公園

夕方の草津の空です。
20130721・群馬空21・草津

夕日がきれいなのだ。^±^ノ
20130721・群馬空22・草津

この後、「焼肉吾妻」さんに行って夕食を摂りましたが、おいしかったなあ。^±^
1300円のロース定食。^±^ノ

湯畑と空。食事をしたら夜の帳(とばり)がすっかりと降りてました。
20130721・群馬空23・草津P

「ての字屋」さんの空です。^±^…ての字って
20130721・群馬空24・草津P

さて、こちらの「ての字屋」さんですが、1192年に源頼朝公が鷹狩りの際に温泉を見つけ、案内役に温泉の発展を任せたという逸話があり、当時の領主であった湯本家の繁栄を人々が「天の字(てんのじ)」と称したことに由来しているそうです。
うちのカメだって、ての字だぞ!(゚Д゚)ノx±x

なお、こちらは、オリンパスペンライトで撮影しましたが、2013年8月9日はキャノンパワーショットSX130で撮影したのを載せますね。

パワショSX130でググッとぐんま。^±^ノ

こちらは8月9日にならないと記事が出ません。ご注意を。^±^


空倶楽部は毎月、9のつく日に行っております。
詳しくは、かず某さんchacha○さんのところへどうぞです。^±^

テーマ : 空の写真
ジャンル : 写真

横浜ちょいとマップ・戸塚区(現・戸塚区・瀬谷区・栄区・泉区)

さて、横浜市内の最後を飾るのは戸塚区です。

戸塚は保土ヶ谷と同様、東海道五十三次の宿場町で、古くから栄えていました。
戸塚が区になったのは昭和14(1939)年です。
横浜市の区が発足されたあと、しばらくたってですね。
この戸塚区、昭和44(1969)年に瀬谷区が、さらに昭和61(1986)年に、分割後の戸塚区からさらに栄区、泉区が分区しました。

この地図の当時は栄区、泉区はもちろん、瀬谷区もまだ戸塚区だった頃のものです。

戸塚。語源は富塚八幡宮の「富塚」から来ている説があります。富属彦命(とつぎひこのみこと)を主祭神としているお宮です。
ちょい138-1

公田。「くでん」と読みます。公田とは日本古来からある班田法で、位田(いでん)、職田(しきでん)、口分田(くぶんでん)の残りの土地です。正方形の耕地を縦横三列ずつに九等分した、その中央に位置した公有の田のことです。

影取。こちらには不思議なの大蛇の伝説があります。遊行寺付近の森邸で「おはん」と呼ばれる大蛇を飼っていたのですが、これが大きくなり収拾がつかなくなってしまいました。しょうがなく森家は近くの池に大蛇を捨てたのですが、お腹をすかせた蛇は池の水に人が映るたびにそれを捕らえて影を飲み込み、飢えをしのぐようになりました。すると「池のそばを通ると、蛇に影を飲み込まれ、数日のたたないうちに亡くなる」という噂が広がりました。
これが「影取」と呼ばれた由来かと思います。
それで困り果てた村人たちは鉄砲の名人に退治してもらうことにしました。
ところが蛇もなかなか出てこなくなりました。そこで森氏が飼っていた頃の名前で、「おはんさん」と呼ぶと大蛇は出てきて、たちまち名人に鉄砲で撃ち殺されてしまいました。
鉄砲で撃ち殺された辺りを「鉄砲宿」といい、今でもバスの停留所になっています。

うーん。かわいそうな、泣ける伝説です。+±+
「てく」と呼んで撃ち殺されたら悲しいものなぁ・・・x±x。
ちょい138-2

瀬谷。一説には「狭谷(せや)」と呼ばれ、「狭い川瀬にある谷地」を意味します。

五貫目。江戸時代初期の年貢の石高が「五貫目」だったことからこの地名がつけられたそうです。

三ツ境。こちらは昔、二俣川村、都岡村(川井分)、中川村(阿久和分)の境でこの名前がついた説や、「きょう」は境でなく橋との説、「密教」からきていると、さまざまな説があります。
ちょい138-3

上飯田・下飯田。飯田五郎の歴史的人物が由来です。
平安時代末期の武将、飯田五郎家義発祥の地です。館跡が石碑として残ってます。
ちょい138-4

いかがでしたか?

次回は川崎市、おまけです。^±^ノ

テーマ : 古本
ジャンル : 本・雑誌

横浜ちょいとマップ・金沢区

今日は横浜市金沢区です。^±^

1948年、昭和23年に磯子区から分区されました。

金沢八景と六浦周辺ですね。

この辺りの京急線の駅で、金沢八景、金沢文庫など、由緒ありそうな駅名が並んでいますので、掘り下げてみましょう。

金沢八景・・・1694年に水戸藩主の徳川光圀(とくがわみつくに)が「新編鎌倉志」で、山の上にある能見堂から見た景色を金沢八景として、七言絶句にしたことからこの地名がついたとか。
徳川光圀は、ご存知水戸黄門ですね。
この印籠が目に入らぬか!^±^ノ□
入らないってば!(゚Д゚)ノx±x〃□

小泉夜雨(こいずみのやう)
称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう)
乙舳帰帆(おっとものきはん)
洲崎晴嵐(すさきのせいらん)
瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)
平潟落雁(ひらかたのらくがん)
野島夕照(のじまのせきしょう)
内川暮雪(うちかわのぼせつ)

これが金沢八景だそうで。その後、歌川広重も浮世絵にして有名に花を添えたというわけですな。

六浦・・・六浦藩も作られたことから、幕末頃は相当栄えていたと思われます。廃藩置県後も一時期「六浦県」が出来ましたが、すぐに神奈川県に統合されました。世が世であれば・・・ってな場所なんですね。
六浦藩は米倉氏が治めていまして、元は甲斐武田氏に仕え、その後徳川家康に仕えたというから歴史的に古いんですね。
ちょい137-1

金沢文庫・・・鎌倉時代の中ごろ、北条実時が六浦荘金沢の邸宅内に作った武家の文庫だそうです。絵画、彫刻、工芸品、古書、子文書が飾られてます。

金沢文庫のWIKIです。ゼヒ~^±^ノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B2%A2%E6%96%87%E5%BA%AB

ちょい137-2
谷津坂・・・現在は能見台駅ですね。^±^
能見台は先ほども出ました「能見堂」から取ったようです。
谷の中の坂っていう意味なんでしょうけどね。

富岡・・・近くに富岡八幡宮があり、どうやらそこが地名由来の元ですね。富岡八幡宮は日本いたるところにありますね。東京都江東区にもあります。

ちょい137-3
泥亀・・・「でいき」と読みますが珍しい地名ですね。^±^
「どろがめ」ではありません。x±x
泥亀さんという方が新田開発をして、元は泥亀新田と言っていたらしいです。由来が名前ではしょうがないですが、泥亀さんというお名前も珍しいです。

乙舮・・・こちらも読めない地名です。x±x
「おっとも」と読みますが、現在は乙舳(おっとも)です。
金沢八景でも「乙舳帰帆」が入ってますが、漁村で船に関係あるところからついたのでしょうね。
ちなみに、この町にある野島はれっきとした島でした。
ちょい137-4

いかがでしたか?

次回は戸塚区です。^±^ノ

テーマ : 古本
ジャンル : 本・雑誌

横浜ちょいとマップ・磯子区

今日は磯子区です。

磯子区は1927年(昭和2年)当初からある区です。

磯子・・・磯子については諸説さまざまあります。
桓武平氏の末裔の平子氏が領主を務めていたことから、この平子の遺名だそうです。そして岩山から崩落した土砂がある地という説もあります。また、砂子(いさご)から付いた地名とも。磯を中心にした地名だからこの名前がついたという説もあります。

屏風ヶ浦・・・鎌倉時代の源頼朝が名づけたとされる由緒ある地名です。
鎌倉幕府を開いた際、この辺りとの交流も盛んで、波静かな磯子の浜辺と対照的に、海に迫る山が屏風を立てたようだという意味合いから命名したそうです。
ちょい136-1

根岸・・・山麓と岸辺という意味です。まんまやんけ~^±^ノ

滝頭・・・滝頭塚から取った地名だそうです。
ちょい136-2

杉田・・・東漸寺(とうぜんじ)の杉の大木から名づけられました。それが村名になりました。また、妙法寺には室町時代から江戸時代まで杉田を治めた間宮家歴代の墓がありますが、「解体新書」でおなじみの杉田玄白、間宮海峡でおなじみの間宮林蔵共ども、この杉田間宮家の子孫といわれています。

栗木・・・古くはこの一帯を「久良岐(くらき)」と言っていましたが、そこからついたといわれています。「くらきがなまってくりきになった」という説です。
久良岐は日本書紀にも出てますので、相当古い地名です。大和朝廷の頃ですね。
また、磯子周辺の「久木」も同様な由来といわれています。
ちょい136-3

いかがでしたでしょうか?^±^ノ

次回は金沢区です。

テーマ : 古本
ジャンル : 本・雑誌

雑草倶楽部(2013年7月)

今月の花です。^±^

まずはアジサイから。
アジサイ。アジサイ科、アジサイ属。紫陽花。
20130622・晴れのち雨03・アジサイ

20130622・晴れのち雨06

20130622・晴れのち雨09

そしてユリです。
ユリ。ユリ科、ユリ属。百合。
20130622・晴れのち雨07・ユリ

20130622・晴れのち雨08

フヨウ。アオイ科、フヨウ属。芙蓉。
20130622・晴れのち雨02・フヨウ

ザクロの花は珍しいので、グランプリはこれですね。^±^ノ
ザクロ。ザクロ科、ザクロ属。石榴、柘榴、若榴。
20130622・晴れのち雨04・ザクロ

アブチロン・チロリアンランプ。アオイ科、アブチロン属。A. megapotamicum(ウキツリボク)。
20130622・散歩01・アブチロン・チロリアンランプ

ヤナギハナガサ。クマツヅラ科、クマツヅラ属。柳花笠。
20130622・散歩05・ヤナギハナガサ

これは準グランプリにします。^±^
ヒメオウギズイセン。アヤメ科、クロコスミア属。姫扇水仙。
20130622・散歩07・ヒメヒオウギズイセン

ノウゼンカズラ。ノウゼンカズラ科、ノウゼンカズラ属。凌霄花。
20130622・散歩08・ノウゼンカズラ

ヒメジョオン。キク科、ムカシヨモギ属。姫女菀。
20130622・散歩11・ヒメジョオン

ネジバナ。ラン科、ネジバナ属。捩花。
20130622・散歩12・ネジバナ

シロツメクサ。マメ科、シャジクソウ属。白詰草。
20130622・散歩15・シロツメクサ

そして、今回は7月7日、緑の森にも参加しました。

ヒメザゼンソウ。サトイモ科、ザゼンソウ属。姫座禅草。
20130707・緑の森1-06・ヒメザゼンソウ

ハエドクソウ。ハエドクソウ科、ハエドクソウ属。蠅毒草。
20130707・緑の森1-24C・ハエドクソウ

ヌマトラノオ。サクラソウ科、オカトラノオ属。沼虎の尾。
20130707・緑の森1-14・ヌマトラノオ

オカトラノオ。サクラソウ科、オカトラノオ属。丘虎の尾。
20130707・緑の森2-04

こちらも、準グランプリにします。
オトギリソウ。オトギリソウ科、オトギリソウ属。弟切草。
20130707・緑の森2-06・オトギリソウ

ケキツネノボタン。キンポウゲ科、キンポウゲ属。毛狐の牡丹。
20130707・緑の森2-15・ケキツネノボタン

ヒヨドリジョウゴ。ナス科、ナス属。鵯上戸。
20130707・緑の森2-17・ヒヨドリジョウゴ

アカメガシワ。トウダイグサ科、アカメガシワ属。赤芽槲、赤芽柏。
20130707・緑の森2-19・アカメガシワ

ヤブカンゾウ。ユリ科、ワスレグサ属。藪萱草。
20130707・緑の森3-05・ヤブカンゾウ

ゼニアオイ。アオイ科、ゼニアオイ属。銭葵。
20130707・緑の森3-07・ゼニアオイ

こちら、準グランプリです。
カライトソウ。バラ科、ワレモコウ属。唐糸草。
20130707・緑の森3-08・カライトソウ

ムシトリナデシコ。ナデシコ科、マンテマ属。虫取り撫子。
20130707・緑の森3-10・ムシトリナデシコ

モモイロヒルザキツキミソウ。アカバナ科、マツヨイグサ属。桃色昼咲月見草。
20130707・緑の森3-11・モモイロヒルザキツキミソウ

ヒマワリ。キク科、ヒマワリ属。向日葵。
20130707・緑の森3-12・ヒマワリ

イトバハルシャギク。キク科、ハルシャギク属。糸葉波斯菊。
20130707・緑の森3-13・イトバハルシャギク

はい、準グランプリ決定です。
シロバナウツボグサ。シソ科、ウツボグサ属、白花靫草。
20130707・緑の森3-18・トウバナ

7月13日、浅間山公園です。

マツヨイグサ。アカバナ科、マツヨイグサ属。待宵草。
20130713・多磨2-04・マツヨイグサ

ミズヒキ。タデ科、ミズヒキ属。水引。
20130713・多磨2-05・ミズヒキ

ヤマユリ。ユリ科、ユリ属。山百合。
20130713・多磨2-07・ヤマユリ

準グランプリです。
ノジトラノオ。サクラソウ科、オカトラノオ属。野路虎の尾。
20130713・多磨2-09・ノジトラノオ

ヒヨドリバナ。キク科、キク亜科、ヒヨドリバナ属。鵯花。
20130713・多磨2-10・ヒヨドリバナ

ワルナスビ。ナス科、ナス属。悪茄子。
20130713・多磨2-12・ワルナスビ

ノカンゾウ。ユリ科、ワスレグサ属。野萱草。
20130713・多磨2-14・ノカンゾウ

オニノヤガラ。ラン科、オニノヤガラ属。鬼の矢柄。
20130713・多磨2-15・オニノヤガラ(開花)

ムサシノキスゲ。ユリ科、ワスレグサ属。武蔵野黄菅(禅庭花)。
20130713・多磨2-17・ムサシノキスゲ

ヤマハギ。マメ科、ハギ属。山萩。
20130713・多磨2-18・ヤマハギ

ヌスビトハギ。マメ科、ヌスビトハギ属。盗人萩。
20130713・多磨2-19・ヌスビトハギ

ノアザミ。キク科、アザミ属。野薊。
20130713・多磨2-22・ノアザアミ

ヤマブキ。バラ科、ヤマブキ属。山吹。
20130713・多磨2-23・ヤマブキ

以上です。^±^ノ


それからこちらをご覧になられた後は・・・。
雑草倶楽部の皆様のところへ、ゼヒゼヒ、ご訪問してね~。^±^ノ
よろしくお願いしますね~。^±^

ついでに「高橋さんのスポーツ云々・時々芸能」もたまにやってますよ。^±^

高橋さんのスポーツ云々・時々芸能

こちらもよろしくです。^±^人△ チーン
トライアングルか!(゚Д゚)ノx±xノ△…♪トライアングルラブレター、ラブレターフォーユー

テーマ : 花の写真
ジャンル : 写真

戸川純さん好きだった頃。^±^;

そういえば、戸川純さん、好きだったなあ。^±^

「玉姫様」、買いました。^±^;
「裏玉姫」も持ってたと思います。^±^;
「それと好き好き大好き」もありました。^±^

玉姫様乱心~♪ですよね。^±^
不思議ちゃんの先駆者です。^±^ノ…せんくしゃって、クシャおじさんが千人いるってことかなあ
別にクシャおじさんが千人いるわけじゃないからな!(゚Д゚)ノx±x
しかし、つらかったのは、親の前で聴けなかったこと・・・。x±x
親が聴いたらたちまち、玉姫様のようにご乱心ですわ。^±^;

やっぱり最高なのは「隣の印度人」ですが。^±^ノ
エキゾチックというかなんと言うか。^±^ノφ ウズウズ
♪隣の印度人、なにしてんの~、隣の印度人、遊ぼうよ~あ゛~~・・・φ^±^ノ

好きな歌は「さよならをおしえて」ですね。^±^;
♪私は待っているわ、愛してくれるまで、あなたを待っているわ、さようなら・・・φ^±^ノ
この歌が戸川さんが好きになったきっかけですた。^±^;

♪ジンジンジンジン、血がジンジン・・・φ^±^ノ
「バージンブルース」って、昔、野坂昭如さんが歌ってたんですね~。^±^;

さて、その戸川純さん、実際は高校まで親が厳しくて、「日曜日は外出禁止」だったそうな。
ようやく自由になれたのが大学に入ってからだそうで。^±^;
で、関東学院大学文学部英米文学科に通ってたそうな。
中退したけど、英米文学科とは意外~。^±^
お前の「日本文学科」出身だって意外だよ!(゚Д゚)ノx±x…ソレハイワナイデヨ

♪レーダーマンーーー、擬似ロボット、高性能、識別不可能・・・φ^±^ノ
「識別不可能」はお前のブログじゃんかよっ!(゚Д゚)ノx±xノφ…♪レーダーマーーーン
何を言いたいのかさっぱりわからんだろうがっ!(゚Д゚)ノx±xノφ…♪レーダー

ついでにアナーキーも懐かしい。^±^;
♪政治家なんか俺たちには関係ないけど・・・φ^±^ノ
「ノット・サティスファイド」ですね。^±^

♪団地のオバサン、団地のオバサン・・・φ^±^ノ
戸川さんを聴いて、その毒を覚醒するためにアナーキーを聴いてた頃・・・。^±^;

その直前まではテクノポップが好きだったし。
ヒカシュー、好きでした。
♪20世紀の終わりに、恋をするなら・・・φ^±^ノ
求めるのは、なななななな何!(゚Д゚)ノx±xノφ

親はますます乱心するだろうな!(゚Д゚)ノx±x…♪あ、レーダーマーーーン

テーマ : こんなお話
ジャンル : ブログ

「ギルガメッシュないと」って・・・^±^

そうそう、「ギルガメッシュないと」って・・・^±^
ありましたよね。^±^
「ギルガメッシュナイト」ではなく、ナイトはひらがななんですね。

そんなわけで、今回はエロレトロの話です。^±^ノ
やけに嬉しそうだな、お前!(゚Д゚)ノx±x

H系の元祖は、たぶん「プレイガール」でしたかね。
「キーハンター」でもパンチラがありましたよね。男をミニスカートで蹴っ飛ばすと見えました。
とにかくまあ、昔は、エロも全開で過激でした。^±^

では、「ギルガメッシュないと」のお話。
特にメインでは、憂木瞳(ゆうきひとみ)さんの裸エプロンに対して、坂上二郎さんの物まねばかりするイジリー岡田さんが、目を軽く閉じて、ヘビのように舌をペロペロと出して、女性の肌を嘗め回して、セクハラっぽいことをしてました。
あと、なぎら健壱さんも同様にセクハラっぽかったなあ。^±^;
こういうコラムを書いてるお前が一番のセクハラだぞ!(゚Д゚)ノx±x
とにかく、一緒に品性下劣な顔をカメラにアップされてましたよね。^±^;
コラムに書いてるお前が一番品性下劣じゃんかよ!(゚Д゚)ノx±x

それと飯島愛さんもいましたね。^±^…「まんがの森」のCMも懐かしりん
♪まんがらりんたらおもしろりろりん~・・・φ^±^ノ…どっさりんこの漫画のもりもりん
飯島愛さんの「まんがらりん」かよ(゚Д゚)ノx±xノφ…今日は一人ぼっち、トホホのホ
それによってか、Tバックが流行しました。
あと、出演者で、ジョーダンズの山崎方也(山崎まさや)さんも懐かしい。^±^;
「懐かしい」ってことは、ずっと見てたのかよ!(゚Д゚)ノx±x
でも、同じジョーダンズの三又忠久(みまたただひさ)さんがいたイメージがあまりないんですが・・・。

「ギルガメッシュないと」は深夜やってました。
司会は岩本恭生さんに細川ふみえさん。^±^;
「さまぁ~ず」も出てたんですね。当時は「バカルディ」でした。
それと何をどうとち狂ったのか、アイドルのはずのチェッカーズの鶴久政治さんもいました。
女性はというと、さとう珠緒さんや大原かおりさんなどのように「脱がない組」と、憂木瞳さんや葉山レイコさんなどのように「脱ぐ組」と分かれてました。
「脱がない組」と「脱ぐ組」って・・・^±^;

お前だって、エロ出版社に勤めてた頃、脱いでただろうが!(゚Д゚)ノx±x←何だ、「脱ぐ組」か
SM体験したお前を知ってるやつだっているんだぞ!(゚Д゚)ノx±x…アレマア
仕事とはいえ、「いい思い」をしやがって!(゚Д゚)ノx±x…いい思いじゃないのに~
六本木で和ロウソクをたらされてただろうが!(゚Д゚)ノx±x。…ソンナニ暴露シナイデヨ~
女王様の命令で、三角木馬に跨らされてただろうが!(゚Д゚)ノx±x。…ソレ以上イワナイデ~
女王様から牛革のムチで打たれてただろうが!(゚Д゚)ノx±x。…仕事ダカラショウガナイッテバ

とにかく、ギルガメって、過激なエロのイメージがありますね。^±^
お前が言えた義理かよ!(゚Д゚)ノx±x

さて、昔は今より過激だったことは間違いなかったでしょう。
ハプニングで、「ポロリ」というのがありました。
「アイドル水泳大会」だってそうでした。^±^;
水中からカメラでググッと特に女性のアイドルの足などに迫り、「のぞき」行為を平然とやってのけた、そんな最低なことをやってた時代でした。
もっとも、コマーシャルなんかでは、子供がモザイクもなく平気で大事なところを写してた時代でしたからね(男の子も、なかには女の子まで)。
信じられない時代でもありました。^±^;
そういうコラムを書いてるお前が一番信じられないんだってば!(゚Д゚)ノx±x

とうとうエロの馬脚を現しやがったな!(゚Д゚)ノx±x
下半身の馬脚も現しましたよ。^±^ノ
お前は馬ほどでかくないだろうが!(゚Д゚)ノx±x…こういうエロ話、お嫌いですか?
せいぜいカエルぐらいだろうが!(゚Д゚)ノx±x
とにかくお前は、教養がなくて下品だって言うんだよ!(゚Д゚)ノx±x

余話。^±^ノ

そういえばバカルディって、ホンジャマカと一緒に・・・。
「大石恵三」ってバラエティもやってたな!(゚Д゚)ノx±x
大=大竹一樹さん(バカルディ)
石=石塚英彦さん(ホンジャマカ)
恵=恵俊彰(ホンジャマカ)
三=三村マサカズ(バカルディ)
・・・ですね。^±^

てなわけで・・・。^±^ノ
ギルガメッシュ!^±^ノ@ クルクル

テーマ : こんなお話
ジャンル : ブログ

「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」・第2弾は初めての挫折。^±^ノ

ローカル路線バス乗り継ぎの旅」・第2弾は初めての挫折。^±^ノ

そうです。初めての挫折です。^±^;
結論から先にいうと、時間切れでした。+±+

あ、その前に、蛭子能収(えびすよしかず)さんって、タモリ倶楽部の一コーナーである「空耳アワー」を担当する、安斎肇(あんざいはじめ)さんと共通するものがあるよなあ
漫画も含めて・・・。^±^;
それは失礼だろうが!(゚Д゚)ノx±x
かたやプロなんだぞ!(゚Д゚)ノx±x…プロだけに情けない

いえ、フォローするわけではないですが。^±^;
蛭子さんと安斎さん、顔つきが、のほほんとしてるところが似てるかなと。^±^ノ
ちっともフォローになってないぞ!(゚Д゚)ノx±x…いい人っぽいって言いたかったんだよ~

それはおいといて。^±^ノノ ササッ
・・・!!(゚Д゚)ノノ サササッ
おいとかねえぞ!(゚Д゚)ノx±x

ローカル路線バス乗り継ぎの旅、その2は、江戸(東京)の日本橋から、一路、京都へ。
マドンナは相本久美子さん。
相本久美子さんの「初夏景色」、懐かしいなあ。名曲です。^±^;…いい歌だったよなあ
また、今回からナレーションはキートン山田さん。
2008年3月22日放送でした。

さて、この回なのですが・・・。
蛭子さんが比較的まともで、あまり面白くなかったです。^±^;
というよりも、太川さんがお疲れモードっぽかったのも相俟って、名言もほとんどなかったですし。

7時19分発、日本橋から東京駅、五反田で乗り継いで、横浜へ。ここまではすこぶる順調。
ところが今回は、バスの接続以前に短距離しかバス便がなく、遅々として進みません。
横浜~戸塚、戸塚~藤沢、藤沢~茅ヶ崎。
こまめにバスをつなぐしかないのですがね。^±^;

茅ヶ崎で蛭子さん、おやつを買いに行きますが、ムービーを撮りながらで、あわや、建物のガラスにぶつかりそうになります。
太川・相本「あー、ぶつかるぶつかる」
相本「ガーンって、ここに青タンがね・・・」
蛭子さんが無事、買い物をして戻って来ると、そこにあったのは大判焼き。
太川「これ蛭子さんのおごり?」
蛭子「おごりおごり」
太川「蛭子さん、自腹切ったの、初めて見た・・・」^±^;
珍しい・・・。蛭子さんがまとも・・・。^±^…いつものおどけはどーしたって話

茅ヶ崎からも相変わらず短距離が続き、茅ヶ崎~平塚、平塚~国府津、国府津からようやく小田原行きのバスに乗ることができましたが、すでに夕方。
国府津から小田原のバスの中で、
蛭子「昼飯食ったところは戸塚だった?」
太川・相本「藤沢!!」
蛭子「太鼓饅頭食ったところは茅ヶ崎?」
(考えて)
蛭子・太川・相本「あれ、平塚?」
キートン山田さんが、すかさず、ナレーションを入れます。
キートン「3人とも、違いますよ、茅ヶ崎です」
というか、蛭子さんが最初に当たってたんですよね。^±^

小田原からは元箱根行きに乗車。今日はここで泊まることに・・・。

チョイマチグサ!!^±^ノ
「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」は、行けるところまで行かなくてはならないのに、休むのが早すぎるんじゃないかなあ。
今だったら、もっと先に進んでると思います。三島行きがあれば三島に向かったはずですが。
しかも、このときはまだ地図を持ってない、発展途上状態の太川さん。
そんなわけで、どこをどう行ったらいいのかわからなかったとも思いますがね。

翌日の三島行きも9時50分と遅い出発。宿泊も決まり、蛭子さん、何かひとつ引っかかってる顔つき。
それは太川さんと一緒に寝るということ・・・。
蛭子「寝るってことはみっともないことが詰まってるんですよ」
チョマチンコフ!!^±^ノ
バスの中で散々寝てたのはどこのどちらさんでございましょうかねえ。^±^;
そんなこともお構いなく、蛭子さんはいつもマイペース発言。
蛭子「(ホテルの)トイレがウォシュレットでよかったよ~」

翌日は元箱根から三島へ、さらに三島から沼津方面のバスかあると聞いてご一行はとりあえずほっと胸をなでおろす・・・。
蛭子「沼津港に行ったことがある・・・女房が寿司食いたいって言って・・・」
そして、この蛭子さんの一言で、昼食は急遽、沼津港へ。

三島に着いて、沼津港行きのバスを発見。
蛭子「渋谷・新宿行きってのもあるよ」
相本「帰るのかよ~」^±^;
相本久美子さん、あきれ顔に。^±^;

沼津港に到着して、すし屋街に足を向けるも、
太川「帰りのバス、調べないと」
蛭子「帰りのことは考えてなかったねえ」
これじゃ、太川さんも疲れるし。^±^;

食事が終わって、沼津行きのバスに乗り込み、なかなか進まない状況について言及するも、
蛭子「明日とあさっては集中だね」
蛭子さんのマイペースぶりは筋金入り。^±^;…いつやるの?今でしょ

さらにバスが今後どうなっていくかという心配に、蛭子さん、他人事のように・・・。
蛭子「でも、1、2時間に1本とか、つながりが悪かったりしてね」
相本久美子さんから、
相本「またネガティブな発言・・・」
といわれる始末。^±^;

沼津~吉原、吉原~富士、さらに富士~由比駅上まで、バスをつないできましたが、ここでにわかに路線が途切れます。由比から次の駅の興津までバスはないといわれます。あきらめきれない蛭子さん、
蛭子「幻のバス、あるかもしれないよ」
しかし、一切なかったので、興津までタクシーに乗ることに。
うーん。現在の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」の方針なら、由比から先の寺尾橋まで行って、そこから徒歩。興津の手前にも但沼からのバスが通るので、そこから路線バスを乗ることになるんでしょうけど。

興津からはバスがあり、清水へ。
ところが、反対側の但沼行きのバスに乗ってしまい、饅頭屋さんがバスの乗り間違いを教えてくれたおかげで、すんでのところで命拾い。
今日は行くところまで行こうということになり、少しでも先に進むことを決意。なのに、蛭子さん、
蛭子「宿のないところはいやだな」

清水から静岡行きのバスに乗る際、乗客が国道経由のほうがバスが早いといいます。あわてて降りる一行でしたが、国道経由のバスは本数が少なく、乗ろうとしたバスが早く着くというのがわかるも、ときすでに遅し、バスは発車しちゃいました。
で、バスの信号待ちの間に、次のバス停まで先回りして走ろうとしたのですが、バスに追いつかれ、ピンチ。
しかし、次のバス停には乗る人も多かったのが幸いして、セーフ。ようやく乗り込んで、相本久美子さん、蛭子さんに、
相本「(蛭子さん)速かったねえ・・・。でも、瞬発力はあるけど持続力はない判明したねえ」

静岡到着は夜8時過ぎ。さらに藤枝へ。太川さんが買っておいたかんぴょうまきで空腹をしのぐ3人。藤枝着が午後9時30分。その先の相良行きは8時40分が最終で、ここで泊まり。
もっと先に行きたい太川さんと相本さん。しかし、蛭子さんは、
蛭子「今日は泊まるしかない、メシを食うしかない」

翌日は藤枝発7時30分の相良行きに乗車。路線バスの過酷な旅と、距離を稼げなかったり、つながらない状況に、太川さん、
太川「だんだんイライラしてきてるんですよね。もっと明るくやろうよ。景色見ましょうよ。ホラホラホラ、ゴミ収集車・・・」
この後、気休めにやった芸能人の名前しりとりでは「こ」で終わる人ばかりだったし。さらにしりとりの最後では、
相本「コブクロ!」
蛭子「ろ、ろ、ろ、ろ。・・・えーとね、えーと、・・・ろくでなし!」
何だよ、「ろくでなし」って。^±^;

また、蛭子さん、相良~浜岡の間のバスでは、海が見えたら、
蛭子「ここ、太平洋っていってもいいくらいじゃないの?」
キートンさん、すかさず、
キートン「太平洋ですよ、ここ」

浜岡では時間があるので浜岡砂丘を見て(思った以上に遠かったので見るのは1分)、昼食はうなぎを食べて横須賀車庫行きに乗ります。
横須賀で、浜松行きのバスを発見。
静鉄バスでは横須賀から何度かバスを乗り継がないと浜松に行けないはずでしたが・・・。バス会社が違うと情報が取れないということですね。嬉しい誤算でした。

さて、浜松からは、湖西市まではバスがありますが、そこからはないとのこと。一難去ってまた一難。
しょうがないので、新居町まで行って、そこから二川まで再びタクシー。+±+
タクシーは白けますよね。^±^;

二川から豊橋までタイミングよくバスに乗車。
豊橋到着した時点で、すでに夕方。豊橋からは蒲郡までバスが走っているのですが(蛭子さんは競艇場のあるところだと興奮して言ってましたが)、なんと3時台が最終でもうバスはないと。ここで断念かと思いきや、
太川「豊川方面は?」
まさにこれが命を吹き返した一言でした。
豊川行きに乗ると、豊川インターから名古屋行きのバスがあるといいます。ただ、バスが豊川インターに到着して5分後にそのバスが通過するといいます。バスが遅れたら最後・・・。それに賭ける3人・・・。
ちなみに、豊川インターから乗るバスは高速道路利用の路線バスであって、高速バスではありません。

名古屋到着が夜9時過ぎ。そこで次のバスを調べる3人。
「とりあえず、ご飯食べようか」
なんと珍しく、太川さんが提案。

この日は名古屋で宿泊。4日目の朝、最終日なのに、まだ名古屋。
名古屋~小牧~岩倉~尾張一宮へと乗り継ぎますが、岩倉駅で太川さんがバスの発車待ちで何か買ってきました。
それが分県地図です。地名はもちろん、バスの路線と停留所も書いてあります。
地図は現在も使っています。^±^ノ
比べて蛭子さんのあわてぶりって・・・。^±^;
蛭子「あ、バスが出る、バスが出る!」
運転手「あと5分あります」

太川さんの血液型はA型、蛭子さんはO型、相本さんはB型だそうです。相本久美子さん、3泊4日でよかったといいます。
相本「4泊5日だったら口利かなくなってると思うよ」

尾張一宮からは松倉へ。松倉で40分ほど乗り換え時間があるので、食事にします。
それにしても太川さん、今回は疲れてます。+±+
ゆで卵に塩をかけようとしたら、出てきたのは爪楊枝でしたし。^±^;
それ、蛭子さんの十八番でしょ。^±^ノ
おはこ扱いかよ!(゚Д゚)ノx±x

松倉~岐阜~墨俣(すのまた)~大垣~関が原。
ここまではバスがつながりますが、関ヶ原から先はまたバスがありません。
大垣から関ヶ原までのバスに乗車するとやがて外には白いものが舞い始めます。雪です。
バスがつながらないので、関ヶ原駅から醒ヶ井駅までタクシー。
醒ヶ井からは米原までバスがあります。雪の中、1時間待ち。
「こんなところで待ってたらだめだな」と、相変わらずネガティブな発言をする蛭子さん。
「次のバスがあるからいいじゃない」と、相本さんは逆にポジティブ。

米原から彦根へ。時間はすでに16時35分。1日2本しかないバス路線が奇跡的につながります。
蛭子「彦根から京都行きがあるといいね」
蛭子さん、相変わらずお気楽~。^±^ノ
ネガティブな割に発言は大胆です、^±^;

彦根着、5時30分。しかし、ここから河瀬行きのバスはあるけれど、そこから先はつながらないということで、ここで断念。
太川「悔しいですね。残念です」
それでも河瀬行きのバスには乗ることに。
河瀬駅に到着し、ここからタクシーに乗っても今日のバスが間に合わないということで、正式に終了。
太川「ではまた、お疲れ様でした」
そういった太川さんの顔色に、疲労困憊がありありと。x±x


うーん、ゴールできない理由、ありました。

結論からいうと、当時の制作側が下手だったこと。
日本橋から京都までというのが、距離が長すぎます。3泊で行けるわけがありません。
最初の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」第1弾のほうがまだよかった・・・。
番組自体が「迷ってた」のが、見て取れました。
これ、案外、視聴者に伝わります。
その証拠が、甘すぎるほどのタクシー使用。
今回はタクシーを3回も使ってます。これは反則もいいところで、制作が大失敗です。
第1弾もそうですが、タクシーを使うことは、この旅には贅沢以前に邪道なんですよね。

現在の企画なら、無理せず、東京から名古屋まででしょうね。
その代わりタクシーは禁止で、バスのないところは歩いてもらうことになりますが。
当時よりも今のほうがバスが不便になってるので、よりいっそう大変でしょうけどね。

同時に、第2弾が面白くなかった理由でもありました。^±^;

でもまあ、今回の旅で得たものもありますね。
それは地図利用です。^±^
バスの路線入りの分県地図を買ってそれを使ったために、いちいちバスの案内だけ聞かなくても、その先の、さらに先のルートが検討できるようになりました。
ほかにも、バスの会社が違うとまったく情報がわからないという基本的なこともわかりましたし。

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