もっと東京ちょいとマップ・江戸川区

さて、このシリーズも最後になりました。
トリは江戸川区です。

葛西沖の昭和10(1935)年の地図からどうぞです。
4枚、一気に公開します。^±^
ちょい128-1
この一帯も小字だらけだったところのようですね。
しかもかなり細かいです。
前州、小屋前、前津・・・。

ちょい128-2
また、まだ町として成立しているのかいないのか不明な地区も・・・。
蜆島周辺、下内、御立野、十五面、川縁、川中、四ノ割五ノ割、三四五ノ割、二ノ先、三ノ先などなど・・・。
もはや東京の地名でないようなところだらけです。^±^

ちょい128-3
現在ない町、下今井町、東・西長島町、東・西宇喜多町なんてのもありますね。

ちょい128-4
当代町、椿町なども町名にありません。
昭和29年でもありません。一之江、二ノ江、瑞江などになってます。

昭和47(1972)年の江戸川区南部です。
ちょい128-5
葛西、堀江町、長島町・・・。
しかしこの町も現在は住居表示されて、葛西、清新町、臨海町などとさらに名前を変えました。
長島、堀江の町名は消え、宇喜多もこの先の運命やいかに・・・てな状況に追い込まれてます。

最後に小松川周辺を見てしめましょう。
昭和10年の小松川周辺です。
ちょい128-6
城東電車終点西荒川駅があります。
荒川を渡り、向こう岸には東荒川駅が。
東荒川から今井までまた電車が走ってました。

昭和47年の小松川の地図です。
ちょい128-7
ところが現在では逆井(さかさい)の地名も消え、このあたりは全部、住居表示されました。

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

江戸川区は昭和7(1932)年、南葛飾郡小岩町、小松川町、松江村、葛西村、瑞江村、篠崎村、鹿本村を合併して東京市に編入されました。

瑞江村が大正2(1913)年、瑞穂村と一之江村から合村。

小松川村の一部が大正3(1914)年、松江村へ編入。
小松川村が大正3(1914)年、小松川町に町制施行。
その際、南葛飾郡平井村が荒川放水路設置に伴って、小松川町と奥戸村(現葛飾区)とに分村。
船堀村が同年、小松川町と松江村とに分村。

小岩町は、昭和3(1928)年、小岩村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
「江戸川」はまさしく読んで字の如しで、江戸まで流れ着く川だからこの名前がつきました。

・・・

いかがでしたか?^±^ノ

拙き、「もっと東京ちょいとマップシリーズ」を、長いお付き合いいただきましてありがとうございました。

またお逢いする機会がありましたら、お付き合いいただければ光栄です。

じゃ~ね~^±^ノ
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もっと東京ちょいとマップ・葛飾区

今日は葛飾区を。

最初は昭和10(1935)年の堀切周辺から。
ちょい127-1
堀切は小野谷町、下千葉町、堀切町だったのですか。
この堀切周辺は古くから市街化調整して、堀切、宝町などという町名でした。ただ、最初から住居表示はしてませんでしたが・・・。

昭和47(1972)年、堀切周辺です。
ちょい127-2
堀切1~3丁目と宝町は昭和47年の段階ではまだ住居表示されていませんでしたが、その後、宝町が1~2丁目と分かれ、堀切とともに住居表示されました。

昭和10年の水元町です。
ちょい127-3
水元小合町に、宮前、宮下とありますが、これは小字だったのでしょうか?
小合溜付近ですが。

昭和47年の水元です。
ちょい127-4
現在はこの水元も住居表示されました。
葛飾区で一番最後に住居表示を実施されたところです。

さて、もうひとつ、地図を。
昭和10年の亀有周辺で、古隅田川などがありますが・・・。
ちょい127-5
現在も残っているんですが、ほとんど暗渠(あんきょ)化されました。
でもこの地図を見て、初めての発見でした。

ついでに、亀有が出ているので亀有の由来もどうぞ。
うちの拙ブログですが。
ゼヒ~^±^ノ
東京ちょいとマップ・葛飾区・1

ついでに水元はこちらから。^±^
東京ちょいとマップ・葛飾区・2

ヨロ~^±^ノ

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

葛飾区は昭和7(1932)年、南葛飾郡金町、本田町、奥戸町、新宿町、南綾瀬町、亀青村、水元村を合併して東京市に編入されました。
昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

新宿町は明治22(1889)年当時から町制。

本田町は、元は立石村。
明治23(1890)年、立石村が本田村に村名変更。
大正3(1914)年、荒川放水路設置のために南葛飾郡大木村が分村。本田村と、残りは寺島村に。

金町が、昭和3(1928)年、金町村から町制施行。

南綾瀬町が、昭和3(1928)年、南綾瀬村から町制施行。

奥戸町は元奥戸村。
大正3(1914)年、荒川放水路設置のために南葛飾郡平井村の一部が奥戸村に。
昭和5(1930)年、町制施行。奥戸町に。

豆知識・能書きです。^±^
葛飾もまた、足立区と同じく範囲が広く、千葉県にまたがって○葛飾郡とありました。
で、元々は葛飾区も「葛西」と呼ばれていました。
意味としては、「葛」は丘陵や崖のこと、「飾」は砂丘など低地を意味してます。

・・・

さて次回はいよいよ最後の江戸川区です。
それでは、お楽しみにです。^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・足立区

今日は足立区です。

昭和10(1935)年、北千住から離れると、やたらと飛地がありました。
それでは昭和10年地図をどうぞ。

入谷、舎人周辺のの飛地です。
ちょい126-1
入谷町の中に何箇所も舎人町の飛地があります。

北鹿浜町にある、加賀皿沼町と北堀ノ内町の飛地です。
ちょい126-2
こちらも加賀皿沼の飛地が何箇所も。

飛地ではないのですが、伊興町です。
ちょい126-3

昭和29(1954)年の入谷広域です。
ちょい126-4

昭和47年の舎人、入谷方面です。
ちょい126-5
現在はもっと整備されて、住居表示も実施されました。伊興町○○などの地名は消えてしまいました。それどころか伊興町を整備した町名まで消えて、住居表示も実施されました。

昭和10年の大谷田、花畑方面です。
ちょい126-6
辰沼町、神明町の飛地がありますね。

昭和10年、上谷中町あたり。
ちょい126-7
長間町の飛地が何箇所もありますが、この長間町もいつしか消えてしまいました。
昭和29年の地図にも載っていません。

五反野、千住栄町あたりの飛地です。
ちょい126-8
栗原町、小右衛門町、六月町の飛地が・・・。

昭和29(1954)年の花畑広域です。
ちょい126-9

昭和47年の地図です。
ちょい126-10
飛地はありませんが、昭和47年は住居表示未実施区域も多かったですね。
現在、このあたりはすべて住居表示されてます。

さて、では北千住周辺の地図をひとつ・・・。

昭和10年、千住駅があったとなってますが・・・。
ちょい126-11
千住ではなく、中千住ではないかと思います。
また牛田駅も昭和10年ならば既にあったと思います。

昭和47年の関屋周辺です。
ちょい126-12
思うに、千住駅を移動して牛田駅としたのでは?

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

足立区は昭和7(1932)年、南足立郡千住町、西新井町、梅島町、綾瀬村、江北村、舎人村、伊興村、淵江村、東淵江村、花畑村を合併して東京市に編入されました。

千住町は明治22(1889)年から町制施行されてました。

伊興村が明治24(1891)年、淵江村から分立しました。

西新井町は昭和3(1928)年、西新井村から町制施行。

梅島町は昭和3(1928)年、梅島村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
足立区は昔海辺に接していた低湿地帯でした。
当然付近一帯は湿原や荒地ばかりで、この土地には葦が生え立っていたので「葦立ち」・・・から「足立ち」となり、「足立」となったようです。

・・・

では、次回は葛飾区です。
ドゾヨロシク~^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・荒川区

荒川区

日暮里(にっぽり)に渡辺町がありました。
「日暮里渡辺町」は昭和29年にはすでにありませんでした。

それでは「日暮里渡辺町」が載っている昭和10(1935)年の地図を・・・。
ちょい125-1
日暮里渡辺町・・・開成中学がありますね。現在の開成高校ですね。
渡辺町は日暮里9丁目に編入されました。

昭和29(1954)年の日暮里周辺です。
ちょい125-2
もうすでに渡辺町なんてありません。x±x
日暮里9丁目の渡辺町の部分をよく見ると、「旧道灌山」などと書いてありますが・・・。

昭和47(1972)年の地図です。
ちょい125-3
昭和10年の地図と比べてみますと、どうやら西日暮里の駅の道路を渡った文京区寄り一帯が「日暮里渡辺町」ってことになるようですね。

日暮里とは、「一日中いても飽きない里・・・日が暮れるまでいても飽きない里・・・」なんだそうです。
長閑(のどか)だったんでしょうね。(´∀`)ノ

続いて昭和10年の町屋周辺です。
ちょい125-4
京成線の町屋の最寄り駅は、王子電車では「稲荷前」だったのですね。
で、その次が「町屋」の駅、これはちょっと降りるのに混乱しそうですね。
反対側の2つ目の駅は「三河島」で、省線の駅とはこれまたかけ離れてるし・・・。

では昭和47年の地図もどうぞ。
ちょい125-5
この当時は、現在の「町屋駅前」の都電の電停も、「町屋1丁目」でしたね。

王子電車が気になられる方はこちらもぜひどうぞ。^±^
東京ちょいとマップ・北区・3

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

荒川区は昭和7(1932)年、北豊島郡日暮里町、南千住町、尾久町、三河島町を合併して東京市に編入されました。

南千住町は明治22(1889)年から町制が敷かれてました。

日暮里町は大正2(1913)年、日暮里村から町制施行。

三河島町は大正9(1920)年、三河島村から町制施行。

尾久町は大正12(1923)年、尾久村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
荒川区は、荒川放水路が「荒川」となる前は、現在の隅田川が「荒川」と呼ばれていたことに由来して付けられた地名のようです。

・・・

次回は足立区です。

引き続き、ヨロシクネ~^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・滝野川区

そしてもう一つの北区、滝野川区です。

滝野川区が東京市に編入される前は、北豊島郡滝野川町でした。
編入の際、ほかと合併せず、単独で区を作ったのですから大したものです。
それだけに小さい区なんですよね。
単独で区になったのはこの滝野川区と荏原区だけです。

王子周辺は王子区と滝野川区との境でした。

では昭和10(1935)年の地図から。
ちょい124-1
滝野川区に蚕糸学校なんてあったのか。
蚕糸といえば「かいこ」。^±^
この頃は東京市内で蚕を飼ってるのが多かったってこと?
桑の木なんかも、たんとあったってわけかな?

そういえば群馬の田舎でよくバイトしましたよ。
桑の葉を食べてる蚕を積み取り、お盆の中に入れる作業ですが、お盆いっぱいで10円もらえるんです。
いい仕事だったなぁ・・・子供ながらに。^±^
結局、田舎は養蚕をいつしかやめてしまい、うちも解雇(かいこ)されたんですがね。
ちょっと昔を懐古(かいこ)してみました。心の回顧録(かいころく)にでも留めておきましょう、どれもこれもカイコだけに・・・。

昭和47(1972)年の地図です。
ちょい124-2
蚕糸学校は当然ありません。x±x
教員も解雇なのか。x±x~ワレナガラヤナコトイウナァ

昭和10年の西が原あたりです。
ちょい124-3
王子電車では新庚申塚は板橋新道という駅だったんですね。
で、市電の庚申塚は現在の新庚申塚です。
ちょっとややこしいんですが。

昭和47年です。
ちょい124-4
滝野川区は面積も小さいですね。駅は田端、上中里ですか。

なお、上中里、田端のネタはこちらにもあります。
拙ブログですが、
ゼヒ~^±^ノ
東京ちょいとマップ・北区・2

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

滝野川区は昭和7(1932)年、北豊島郡滝野川町が東京市に編入されました。

滝野川町は大正2(1913)年、滝野川村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、昭和22(1947)年に王子区と合併して北区となり、現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
滝野川は本来、石神井川のことです。で、この辺は滝のように流れが速いことから「滝野川」と名づけられた説があります。
また、豊島氏の家臣、滝野川氏が支配していた土地にちなんでついたとも・・・。

・・・

さて、次回は荒川区に参りましょう。^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・王子区

今日から現在の北区に。
当時の王子区。中心は王子でしょうかねぇ? それとも赤羽?

では王子の中心から赤羽までたどってみましょう。
もちろん、昭和10(1935)年の地図を4枚続けて使います。
ちょい123-1
王子周辺です。
都電の栄町は飛鳥山下だったのですね。
王子電車で赤羽までたどってみましょうか。
王子駅前-柳田-榎町-尾長橋→

ちょい123-2
尾長橋-西町-神谷橋-宮堀→

ちょい123-3
宮堀-北町→

ちょい123-4
(北町→)下村-七溜-岩淵本宿-赤羽

王子電車の駅については、うちの拙ブログの「王子電車」に詳しいです。
ゼヒ~^±^ノ
東京ちょいとマップ・北区・3

昭和47年の地図です。
ちょい123-5
王子から神谷まで。

同じく、昭和47年地図です。
ちょい123-6
神谷から赤羽まで。

昭和47年はまだ赤羽に都電が走ってたのですね。

惜しいですな。
王子~赤羽くらい路面電車区間を残してもいいのに・・・。

赤羽周辺のネタはこちらにもありますよ。^±^
東京ちょいとマップ・北区・1

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

王子区は昭和7(1932)年、北豊島郡王子町、岩淵町を合併して東京市に編入されました。

岩淵町は明治22(1889)年から町制を敷かれてました。

王子町は明治41(1908)年、王子村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、昭和22(1947)年に滝野川区と合併して北区となり、現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
「王子」は若王子権現の社(王子神社)から取った地名です。また東京郊外の八王子は八王子権現の社(八王子神社)から取りました。
このほかに、王子に関しては、窪んだ土地、凹地(おうち)からついた名前ともいわれてます。

・・・

では次回は滝野川区です。^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・板橋区、現板橋区

あまりにも広かった板橋区・・・。^±^
今回は、現在も板橋区の部分です。^±^

東武東上線に東武練馬という駅がありますが、この地図を見ていても、ぱっとしませんね。
まずは昭和10(1935)年の地図から。
ちょい122-1
駅は上板橋町の中にあったわけですからね。^±^

ところが昭和47(1972)年の地図を見ると・・・。
ちょい122-2
むしろ妙に納得しちゃいます。
練馬区北町(練馬北町)に接してますからね。
このように現在のほうがわかりやすい場所もあるんですね。^±^

さて、この駅は?
昭和10年の地図です。
ちょい122-3
金井窪駅は、大山と下板橋の間にありました。昭和4(1929)年開業だったのですが、金井窪と下板橋までの距離が短いことと、下板橋から大塚辻町まで鉄道を開設する予定が見製に終わったことで、早や、昭和20(1945)年には廃止になってしまいました。

こちらは昭和47年の地図です。
ちょい122-4

そして、もうひとネタ。
板橋区舟渡の一部が埼玉県でした。
まずは昭和10年の地図から。
ちょい122-5
これは荒川が曲がりくねってた部分ですね。
旧荒川に沿って、東京と埼玉の県境が制定されてました。
当時は舟渡町もなく、志村蓮根町、志村西台町の一部だったのですな。

昭和29(1954)年の舟渡です。
ちょい122-6
舟渡町の3丁目だけ番地が大きい理由に、「元埼玉県だ」ったってことがあったのか?

で、昭和47年の地図をどうぞ。
ちょい122-7
川が曲がった跡がある部分、すなわち、舟渡4丁目の大部分が埼玉県だったようです。舟渡4丁目に「戸田火斎場」がありますが、埼玉県だった名残でしょうか?
謎ですな。^±^

謎のまま、お次は北区です。最後にこのコーナー・・・。

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

板橋区は昭和7(1932)年、北豊島郡板橋町、志村、上板橋村、赤塚村(以上現板橋区分)、練馬町、上練馬村、中新井村、石神井村、大泉村(以上現練馬区分)を合併して東京市に編入されました。

そのうち、板橋区分の歴史を紐解きます。

板橋町は明治22(1889)年から板橋町でした。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、昭和22(1947)年にいったん22区になったのち、練馬区と板橋区が分割されました。

のちに、昭和25(1950)年、埼玉県北足立郡戸田町(現・戸田市)の一部が板橋区舟渡に編入、現在の板橋区に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
1180年にはすでに板橋の地名があったそうです。
起源は石神井川に付けられた板の橋から取ったものと思われます。
その板の橋が相当珍しかったとも。^±^;

・・・

北区は王子区と滝野川区とに分かれてました。
次回はその王子区から・・・。

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もっと東京ちょいとマップ・板橋区、現練馬区

板橋区
こちらは区内で唯一、分割された区です。

板橋区から練馬区が分割されました。
それでは今日はその練馬の部分から。
昭和10(1935)年の地図でどうぞ・・・。
ちょい121-1
中新井町は豊玉といわれる場所の前の地名です。
この隣に中村という地名がありまして、この新居で中新居・・・転じて中新井になったそうです。江戸の頃は中荒井とも。
で、豊玉はこの町内で開校した学校が発祥だそうです。豊玉は「ほうぎょく」とも読まれていたらしいですが、この土地を練馬大根の農村から市街化するのに名前も変えようということで学校の名前を取って豊玉にしたそうです。
ところで、あれ? 桜台の駅がないや・・・x±x

昭和47(1972)年の豊玉です。
ちょい121-2
現在では隣の中村とともに住居表示されてます。

で、昭和10年の中村です。
ちょい121-3
昔は中新井村大字中と言っていたらしいです。
「中」ではちょっとということで、この後に「村」をつけて「中村」という地名にしたそうですよ。

昭和47年の中村の地図です。
ちょい121-4
現在は中村も豊玉も住居表示されてます。

昭和29(1954)年の豊玉と中村です。
ちょい121-5
町名は変更しても、まだ番地が大きいです。

昭和10年の地図より。この駅は?シリーズ!b^±^ノ
ちょい121-6
貫井・・・さてこの駅は現在ではどこでしょう?

昭和47年地図より。
ちょい121-7
はい、この駅は富士見台でした。^±^

昭和10年地図より。
ちょい121-8
石神井・・・この駅はどこでしょう?

昭和47年地図より。
ちょい121-9
はい、この駅は石神井公園駅でした。^±^

昭和10年地図より。
ちょい121-10
東大泉・・・この駅はどこでしょう?

昭和47年地図より。
ちょい121-11
はい、この駅は大泉学園駅でした。^±^

以上、すべて改称した駅名でした。

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

板橋区は昭和7(1932)年、北豊島郡板橋町、志村、上板橋村、赤塚村(以上現板橋区分)、練馬町、上練馬村、中新井村、石神井村、大泉村(以上現練馬区分)を合併して東京市に編入されました。

現・練馬区分の歴史を紐解きます。

明治24(1891)年、埼玉県新座郡榑橋村(くれはしむら)と新座郡新倉村の一部(長久保・現大泉学園町)が東京に編入。同時に石神井村一部と合併し、大泉村が新村となります。
なお、新座郡榑橋村は、新座郡小榑村(こぐれむら)と橋戸村とが明治22(1889)年に合併。

練馬町は昭和4(1929)年、下練馬村から町制施行され、名称も変更し、練馬町に。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、昭和22(1947)年にいったん22区になったのち、練馬区と板橋区が分割され、現在の練馬区に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
練馬の起源です。この辺りは関東ローム層なので赤土が出るのですがそれを練る場所を「練り場」といい、それが転じて「練馬」になった説、奈良時代にあった宿場「のりぬま」が転じた説、豊島氏の家臣で馬を馴らす名人がいたという説、石神井川沿いに沼が点在し、「根沼」から・・・。いろいろと起源があります。

・・・

それでは次回も板橋区です。今度は現在も板橋区である部分です。

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もっと東京ちょいとマップ・豊島区

豊島区・・・中心は池袋ですね。

その池袋から西武池袋線、当時では武蔵野電車に乗ると、次の駅は「上り屋敷(あがりやしき)」でした。

では、昭和10(1935)年の地図からどうぞ。
ちょい120-1
上り屋敷とは、徳川家の狩猟地が近くにあり、その休憩所があったところからついた地名らしいです。
昭和20年(1945)に駅が休止となり、昭和28年(1953)、西鷺宮、桜堤、厚生村駅とともに廃止されました。

昭和29(1954)年の池袋の西側です。
ちょい120-2
一部、長崎東町がありますね。^±^

お次は昭和47(1972)年の池袋周辺の地図です。
ちょい120-3
上り屋敷駅・・・現在あったら便利といえば便利ですがね。

続いて椎名町と東長崎周辺です。^±^
昭和10年の地図をどうぞ。
ちょい120-4
昭和29年の地図では、長崎東町の大部分が消えて、あまつさえ長崎仲町の町名は完全に消えてしまい、高松、要町、千川、千早町、長崎に変わっていました。
でもよく見ると東長崎駅は必ずしも長崎町に東にあるわけでないですね。

さて、昭和47年の地図です。
ちょい120-5
この地図を見ても、東長崎は長崎の東側でないですな。
南長崎のほうがふさわしいのかも。
・・・と思ったら、同じく西武池袋線にある東久留米駅と理屈は一緒で、九州にある久留米、長崎の東側に位置しているからだとか。
むしろ紛らわしいかも。^±^;
う~む。それならいっそ武蔵長崎とか、西武長崎でもいいのでは?
昭和47年住居表示未実施だった千早町、千川、要町、高松も現在では住居表示されています。ほぼ形も変えずに・・・。

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

豊島区は昭和7(1932)年、北豊島郡巣鴨町、西巣鴨町、高田町、長崎町を合併して東京市に編入されました。

巣鴨町は明治22(1889)年から町制を施行されてました。

西巣鴨町は大正7(1918)年、巣鴨村から町制施行、名称も変更されました。すなわち、西巣鴨が町制施行される前は巣鴨町と巣鴨村があったんですね。
ややこしかったでしょうね。^±^
ちなみに池袋は巣鴨村(西巣鴨町)のほうでした。x±x

高田町は大正9(1920)年、高田村から町制施行。

長崎町は大正15(1926)年、長崎村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
豊島というのは相当古く、この土地まで海が入り込んでいて、たくさんの島があったので名づけられた説があります。
また正式な「豊島」は、「豊島郡」というぐらい土地が広かったですからね。
また、桓武(かんむ)平氏の豊島氏も起源のひとつです。

・・・

では次回は板橋区へ。
とはいってもこの当時、現在の練馬区も板橋区に入っていました。

次回は板橋区の練馬の部分から。^±^ノ

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もっと東京ちょいとマップ・中野区

中野区、実は中野と野方の町村合併でできた、合併地名だったんですよ。
中野町の「中」、野方町の「野」だそうです。

では早速、昭和10(1935)年の地図からどうぞ。
ちょい119-1
沼袋の周辺。沼袋町や野方町(住居表示前の町名です)もなくて・・・沼袋北と沼袋南です。
・・・いや、むしろ・・・^-^*
沼袋町、野方町、大和町というよりも、沼袋北、南のほうが、かえってモダンな感じがしますけどね。
こう見ると、沼袋の地域も広かったのですね。^±^
都立家政の駅はまだなかったのか・・・。x±x

昭和29(1954)年の地図です。
ちょい119-2
沼袋北・南は沼袋町、野方町1~2丁目、大和町に・・・。
う~ん。あかぬけないや・・・x±x

昭和47(1972)年の地図です。
ちょい119-3
沼袋北が沼袋と野方の北側地域、沼袋南が大和町と野方の南側地域だったのですね。

続いては西武電車の中野区内の地図です。
昭和10年版から。
ちょい119-4
西武新宿線・・・はこんな電車でした。
荻窪-成宗-田端-阿佐ヶ谷-西馬橋-松ノ木口-馬橋-高円寺-妙法寺口-山谷-天神前-西町-橋場-追分-鍋屋横町-登記所前-上町-中野銀行前-住友銀行前-中野坂上-淀橋-成子坂下-淀橋警察前-浄水場前-ガード下-新宿駅前
うーむ。なかなか距離が長い・・・x±x
でもって昭和10年から堀越学園があったとは。宮前町にあります。
中野駅前にはなんと日本自動車学校もあるし・・・。本郷通りにも山田自動車学校が。
自動車・・・走ってたのか・・・(゚Д゚)ノ
こうやって細かいところまで地図を見ると面白い・・・^±^

でもって、こちらは昭和47年の地図。
ちょい119-5
西武電車が走ってたところを、今では地下鉄丸の内線が通ってますね。

・・・

きょうどトーキョー

このコーナーは、東京市に入る前はどんな町だったかを紹介するコーナーです。

中野区は昭和7(1932)年、豊多摩郡中野町、野方町を合併して東京市に編入されました。

中野町は明治30(1897)年、中野村から町制施行。

野方町は大正13(1924)年、野方村から町制施行。

昭和18(1943)年に東京都制が敷かれ、そのまま現在に至ってます。

豆知識・能書きです。^±^
中野区は旧中野町と旧野方町とを合わせた合体地名です。
「中野」という名前の由来は、武蔵野の中心だったので中野と名づけられたという説があります。

・・・

さて次回は豊島区です。^±^ノ

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